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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)38号 判決 1978年7月10日

大阪府寝屋川市大字太泰九九八番地

上告人

上平孝雄

右訴訟代理人弁護士

野村清美

沢田恒

神田俊之

大阪府枚方市大垣内町二丁目九番九号

被上告人

枚方税務署長 岡山亮次

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五二年(行コ)第一八号所得税賦課決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年一二月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人野村清美、同神田俊之の上告理由について

財産分与としてされた不動産の譲渡が所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」にあたり、譲渡所得を生ずるものであることは、当裁判所の判例(最高裁昭和四七年(行ツ)第四号同五〇年五月二七日第三小法廷判決・民集二九巻五号六四一頁、同昭和五一年(行ツ)第二七号同五三年二月一六日第一小法廷判決)とするところである。

これと同旨の原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本山亨 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里)

(昭和五三年(行ツ)第三八号 上告人 上平孝雄)

上告代理人野村清美、同神田俊之の上告理由

原判決には憲法の解釈または判決に影響を及ぼすこと明かなる法令の解釈の誤りがある。

本件事案は、上告人が昭和四五年三月六日大阪家庭裁判所において訴外上平シカノ(以下訴外人という)と離婚する旨の調停が成立したさい「離婚に伴う財産分与として」上告人所有名義の土地二七筆建物一筆合計金一億九二〇四万四三六九円相当の財産(全体の約四〇%)を分与したことにつき上告人に譲渡所得税が課税せられた事案である。

しかして上告人と訴外人は両名間に子供が無かったことから訴外人が上告人と共に上告人が営む建材事業に協力し、両名の協力によって前記の土地および建物を含む約四億余円の財産を得るに至ったが、右の財産は上告人と訴外人の約三〇年間の婚姻中に蓄積された夫婦共有財産であった。

ところで財産分与制度の沿革をみるに新法の立案者が法案の国会上提の際に行った提案理由の説明として「夫婦の財産というものは夫婦の協力によって得たものであるから夫婦別れをする場合にはその財産を分割するという思想と、それからやはり扶養料の請求を認めるべきであるという議論、あるいは又離婚の原因を与えた方に対して制裁的といいますか、慰藉料の意味でそういうものを請求することを認めていいといういろいろな意味も含めまして財産分与の請求権を認めることになったのであります」といっており(最高裁判所事務総局家庭局、民法改正に関する国会関係資料四八七。)夫婦別れをするときの財産分与の性質が夫婦共有財産を分割する思想を含むものであることを明かにしている。

また婚姻中に夫名義で取得した財産が、反証がないかぎり実質的な夫婦共有財産となり、名実ともの夫婦共有財産とともに、離婚のさい財産分与として清算すべきことになり(五十嵐「夫婦財産制」家族法大系Ⅱ一九九)この夫婦財産の清算に重点をおいて財産分与を命じた審判例には、夫婦が主に妻が営む理髪業の収入によって生活していたが、妻が別の男と懇ろになって家出し、協議離婚後妻から財産分与を求めたのに対し、夫名義の婚姻中の取得財産を半分程度妻に分与したもの(秋田家角館出審昭和39・2・14家裁月報16・8・105)嫁・姑の対立によって婚姻が破綻し、調停で生活資金として三万円を授受することを約して離婚した後、妻から財産分与を申し立てたのに対し、婚姻中の取得財産は夫名義の家屋だけであるから、これを妻に分与させ、その評価額の半額程度を償還させる(家審則48Ⅲ一〇九の準用)ことにしたもの(鳥取家審昭39・3・25家裁月報16・10・106)などがある。次に最高裁判所は、「離婚の場合に離婚した者の一方が相手方に対して有する財産分与請求権は、必ずしも相手方に離婚につき有責不法の行為があったことを要件とするものではない。」と判示している(最判昭31・2・21民集10・2・124)。

一方譲渡所得は、資産の譲渡による所得をいい、その本質は、キャピタル・ゲインすなわち保有資産の価値の増加益であって、譲渡所得に対する課税は、資産譲渡によって保有者の手を離れるのを機会に、その保有期間中の増加益を清算して課税しようとするものである(最判47・12・26民集26・二〇八三頁)また収入金額は、譲渡資産の客観的な価額を指すものではなく、具体的場合における現実の収入金額を指すものと解するのが相当であるとされている(最判36・10・13民集15・9・二三三二頁)。

叙上のように上告人が訴外人に離婚にさいして財産分与としてなした財産の移転が夫婦共有財産の清算であり、前記の保有財産の価値の増加益の清算ではない。

従って上告人の訴外人に対する財産分与は所得税法上の譲渡所得に当らない。また訴外人に対する分与財産は上告人と訴外人が約三〇年間に共稼ぎによって蓄積した財産であって上告人の婚姻前または婚姻外の財産でなく完全な夫婦共有財産であった。そうであったからこそこれを分割し清算したものであって上告人は訴外人に対する財産分与によって何等の利益を受けていない(最判50・5・27民集29・5・六四一頁)。

所得税法が、所得の量的担税力を正しくとらえる見地から所得の質的担税力をも考慮して課税していることは論をまたないところである。ところで上告人は訴外人に対する財産の移転によって上告人名義の財産の減少を来たしこそすれ現実の収入は存しない。また物上保証人が担保債権者の担保権の行使によって不動産が競売に附された場合のように債務者に対する求債の途もない(物上保証人が担保権実行によって不動産が競売に付された場合において債務者に求償権を行使しても求償が得られないときは譲渡所得税は課税されない)このように財産分与を原因とする財産の移転にあっては上告人には現実の収入が存しないのは勿論抽象的な収入ないし利益も存しない。このように現実に上告人には現実の収入若しくは求償し得られる債権または現実の利益が得られない(却って上告人名義の財産が減少している)のに本件のような譲渡所得税が課税されることは現実に所得を得、担税力を有するものに課税するという基本原理に反し、また憲法の国民が法の下に平等であるべき要請に背き原判決が上告人を不利益に取扱ったことは憲法第一四条の解釈を誤りまたは判決に影響を及ぼすこと明かな法令の解釈を誤った不当な判決であり破毀を免れないものと信ずる。

以上

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